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生命の起源 #1398 : LIFE Mailinglist Archive for the Origins of Life study
LIFE Mailinglist Archive for the Origins of Life Study

ID
1398
DATE
06/11/2002 04:21:48 PM
TITLE
[life:001398] 数学的世界と物理的世界のちがい
AUTHOR
Kosaku Inagaki <inagaki@***.***>
BODY


飯田 先生

> 稲垣さんは,時間遅れを「できれば無ければ良い」物理世界の
> 制約と見ておられるようにお見受けしました.

私は工学屋ですので、「物理的世界の制約」が大好きです。
その制約が生命の起源に(順列組み合わせの意味で)関与する
可能性などを考えてきました。ですから「あった方が好き」です。

むしろ、ごくごく基本的な問題の証明に取り組んでいると、
 「数学的世界の定式化は、物理的世界を表現するのに、
 まだまだ不十分だ」
と思うようになりました。

エミール・ポスト という論理学者の最初の証明は時間要素が
入っていないものでした。「すべての論理関数を実現できるか」
という問題です。

一方、コンピュータの能力を考えるには、フィードバックを
導入しなければなりません。フリップフロップという基本回路は
記憶機能をもっていますが、フィードバックを使わないことには
実現できないからです。メモリー機能はコンピュータの本質の
ひとつです。

ところがフィードバックが入りますと、「時間」と「時間遅れ」の
概念が必要になります。そうでないと、フィードバックループに
おける「因果関係」を扱えないからです。

そういう点で、理論上は、

 ●時間概念の導入 → コンピュータの理論が作れる

コンピュータと知能を同一視するコンピュータ屋の理論体系では、

 ●コンピュータの理論が作れる → 知能の理論が作れる

知能と生命まで同一視する私の(無茶な)体系では、

 ●知能の理論が作れる → 生命の理論が作れる

とここまで来たら怪しげな連鎖になります。

*****

「時間」というのは難しい概念ですので、数学的世界と物理的世界の
ちがいを、別の例で述べさせていただくのが、少しは興味深いかと
存じます。

それは「定数関数」という概念です。数学で関数の集合を扱ったら、
かならず定数関数が紛れ込んできます。ところが、計算万能性の
証明では、これが悪さをしていたというお話です。

そもそも定数関数は、入ってきた定数値が出ていくだけですから、
なんら物理的な変換機構は必要ありません。ところがきちんと
従来の「数学」なるものを使っていると、そんな定数関数まで
自動的に含んで、定理・証明の系列を展開していかねばなりません。

その結果——計算万能性(私がいう基本万能性)の証明は、
「条件となる関数集合が7つも8つも出てきて、訳のわからない
定理になる」という奇妙なことになってしまいました。

一方、「定数関数は関数と見ない」とバッサリ切り落としてしまいます。
そうやって証明すると、(数学的にはとても汚いのですが)
「非線形性と否定という2条件しか出ない、とてもきれいな体系になる」
という逆転の結果になりました。なお、この証明には野崎昭弘先生の論文が
重要なヒントになりました(『ゲーデル・エッシャー・バッハ』など翻訳された
方)。

この2条件は物理的に見てもとてもすっきりしていますし、
非線形性は複雑系最大のキーワード、ネガティブフィードバックは
サイバネティクス最大のキーワードです。つまり先達が興味を
もった概念が、ほんとうに正しかったという証明の一つになるわけです。

というわけで、「物理的見方がむしろ数学を変革できる」とか、
「数学の基礎的部分さえ、まだ科学の道具立てとして十分でない」とか
数学屋さんがマユをひそめそうな見方につながっています。

ですから、経験的には、物理的制約は大好き、数学はまだ
信用できない、という数学懐疑論者になってしまいました。

> 稲垣さんとの議論で触発されたのですが,私は,時間遅れは生物
> の成因や,現在の振る舞いにとってもっと積極的な意味を持たない
> だろうかと考えるようになり,数日が経ちました.

「定数」という概念だけでも、それが影響するところをみつけるのに
偶然こんな問題に出合わないと、思いもつきませんでした。
それに比べると、「時間」というのははるかに難しい概念で、
私もまだまだ考え続けている状態です。

「生物」には絞り込まずに、「エルゴード性」という抽象的な
概念に絞り込んで、要するに「非定常系」に関して論文を
書きたいと思いつつ、そんな論文を書いたら物理屋さんの多くが
目をむかれるのではないかと、どこに投稿してよいかも
わからない状態です。しかもこれは時間概念の一側面にすぎません。

エントロピーという概念は、物理屋さんだけでなく、情報屋も
扱います。ところが、私たちから見ると、物理屋さんの数学は
粗くて、もっと丁寧に扱わないといけないようにも思うのですが、
これについてはどこか投稿できそうなところをお教えたまわるか、
少なくとも論文を書いてからでないと議論しにくいでしょうね。

シュレーディンガーが「生物は負エントロピーを食べて生きる」と
述べたように、この種の非定常性は最も抽象的な生命概念に
かかわっている部分でしょうか。

それ以外にもいろいろおもしろい時間概念とのかかわりが
あるかと思うのですが、お教えたまわれましたらありがたく
存じます(なんとも抽象的な議論ですみません)。

> 稲垣さんの証明において,時間遅れの増減はどのような影響を
> 及ぼすでしょうか?

私の証明はあまり上手に書けていませんし、以前の論文をいくつか
参照しないと、理解しにくいと思います。

時間遅れの増減は理論上はそんなに気にすることはなく、
「クロック機構」の導入、「信号のバッファ」の導入など、
実は工学的工夫でいくらでも対処できます。デジタル回路の
論理設計の基礎を知っていないといけないので、生物学の方は
あまりお気になされる必要はないかと存じます。

なんだか長文になってしまいましたね。お読みくださいました方、
お疲れさまでした。

〒606-8501
京都市左京区吉田本町
京都大学 情報学研究科
稲垣 耕作
E-mail: inagaki@***.***
URL: http://inagaki1.kuis.kyoto-u.ac.jp
TEL/FAX 075-753-5978

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