生命の起源フォーラム (ORIGINS OF LIFE FORUM) - help
生命の起源フォーラム (ORIGINS OF LIFE FORUM)
Welcome to 生命の起源フォーラム (ORIGINS OF LIFE FORUM) - help -
生命の起源 #1389 : LIFE Mailinglist Archive for the Origins of Life study
LIFE Mailinglist Archive for the Origins of Life Study

ID
1389
DATE
05/28/2002 11:53:20 AM
TITLE
[life:001389] Re: ますます難しいご質問ですね
AUTHOR
Kosaku Inagaki <inagaki@***.***>
BODY


飯田 先生

ますます難しいご質問ですね。この学会の皆様がご興味を
お持ちになるか心配しつつ、ご返事させていただきます。

> 1)素子の組み合わせで確率的に(万能)チューリングマシンが出来ることが
> 証明できたとして,起原とは関係無いように思えました.
>
> 何かその僅かな可能性,量的にも極めて少量のものが確率1で起こるようになる,
> もしくは素子ネットワークのバラエティーの中で,その組み合わせが量的にメ
ジャー
> になるような仕組みも同時にないと生命とか知能とかいった一貫性のある物は
> できないんじゃないでしょうか?

おっしゃられる後半の問題は、自分ではそんなに疑問を感じないので、
前半の問題に絞りきっています。なにぶん零細研究者がちびちび
やっている研究ですので、すべてに手を広げて、饒舌なことに意味ありの
論文を書くのは避けています。

■1 生物学の2大理論はつながっていない

前半の問題は、生物学の言葉に翻訳すると、「生物学の2大理論は
まだつながっていない」です。2大理論とは、ダーウィンの「進化論」と
ワトソン&クリックの「DNAの2重らせんモデル」です。

DNAは私たちの順列組み合わせモデル(あるいは情報理論モデル)で
扱えます。私たちのお得意の世界です。しかし私たちの考え方、つまり
情報の「複雑さ」という問題意識をもちますと、ダーウィンの世界と
つながらない「パラドックス」めいた状況になります。

■2 コンピュータで順列組み合わせを計算すると

現在のコンピュータは非常に高速です。パソコン1台の四則演算の
能力(1秒間に数十億回の32ビット演算)は、全人類が束になっても
かなわないレベルです(われわれは毎秒10桁近い演算を1回ずつ
などできませんから)。

ところが、順列組み合わせ問題だと、そんなコンピュータも無力です。
たとえば、19路の碁盤には19×19=361個の位置に碁石を
おけます。各位置は「白」「黒」「無」の3通りありえますので、碁盤の
全局面の数は、ナンセンスなものも含めて、3^361通りです。
これは2×10^172通り程度の値です。

コンピュータを使ったら、碁盤の全局面をシラミつぶしに調べられる?
というのがパズルです。1秒間に1兆通りの局面を調べられる
コンピュータなら、2×10^160秒かかります。1年が3×10^7秒
程度なので、10^153年程度かかりそうです。

そこで、「宇宙の素粒子数」という値を導入します。たいていの本の
値は10^78?10^79個程度で書いているようです。10^80個として
そのそれぞれが1秒間に1兆通りを調べるスーパーコンピュータだと
無茶な仮定をしましょう。

それだけの台数のコンピュータを並べても、碁盤の全局面を調べるには
「10^73年かかる」という計算です。宇宙の年齢は「10^10年」ほどですか
ら、
あとその「10^63倍」程度で、碁盤の小宇宙を調べきれます。

■3 生命体の場合には

お話が少し長くなってしまいましたが、「3^361通り」をシラミつぶしに
するだけでも、宇宙の全物質を使っても不可能なのが「順列組み合わせ」
という複雑さの世界です。3^361は、DNAの4塩基型だと「4^286」程度で
す。

さて、4種類の塩基で、長さ286のストリングを考えたときに、
その中に、自己増殖する生命体の起源がたった1つしかなかったら、
それが150億年ほどの宇宙の経過年数のうちに生まれるのは、
まったく奇跡的です。

計算をやり直してみましょう。宇宙の全物質10^80個、宇宙の
経過秒数を10^18秒としましょう。うんと楽観的な計算をします。

すべての物質は、毎秒10^12回、その姿を変えます。他の粒子と
くっついて、新しい物質ができるのだと考えてください。その中には
同じ物質もあるはずですが、楽観的計算なので、同じ物質は
二度とできず、すべて異なる物質だったとしましょう。

すると、宇宙誕生以来、
 10^80×10^18×10^12=10^110=2^365=4^183
程度の種類の物質ができたことになります(非常に多めの計算です)。

ということは、この超楽観的計算でも、4種類の塩基が183個並ぶうち
どれか1つが生命体の起源だったら、この宇宙でかろうじて生まれえた
ということになります。それ以上は、ランダムネスの中から確率的に
生み出すことは不可能で、神の手の世界です。

この種の問題は、ホイル、シャピロ、カウフマン、ドーキンスなどが
議論しています(私も本に書いたことがあります)。ところがほかは
たいてい「物質がくっつき合っているうちに、自己増殖する物質が
できました」と、この組み合わせ計算の困難性を無視しています。

自己増殖し始めたら、その先は設計情報(遺伝情報)のエラーの
集積と、自然選択で議論できそうですので、ダーウィンの世界に
結びつきます。ところが、理論上は、DNAがあったとしても、
「まだダーウィンの世界は始まっていない」というのが、情報屋の
やや極端な見方です。

そういう点で、「いかにして極小の情報(少ない順列組み合わせ)で
高度な機能を実現するか」といったテーマで研究しています。
だから、100ビットで設計できる万能チューリング機械など
できるだけ情報量が少ない道筋で、知能にまで到達する方法を
考えています。複雑系では「カオスの縁(ふち)」という言葉が
使われますが、それについて私の問題意識は以上のようなものです。

メールが長くなりすぎてしまいましたので、他のご質問には後日
お答えさせていただきたく存じます。

〒606-8501
京都市左京区吉田本町
京都大学 情報学研究科
稲垣 耕作
E-mail: inagaki@***.***
URL: http://inagaki1.kuis.kyoto-u.ac.jp
TEL/FAX 075-753-5978

-----
Go to page top