LIFE Mailinglist Archive for the Origins of Life Study

ID
1394
DATE
05/30/2002 12:32:17 AM
TITLE
[life:001394] 制約を満たすコストについて
AUTHOR
Kosaku Inagaki <inagaki@***.***>
BODY


飯田 先生

> 素朴な疑問にお付き合いいただいて,大変感謝いたしております.

いつも本質を見事に突いたご質問をいただき、私も考えを
整理できますので、大変感謝しております。

> 先の保存型の素子を物理的にあるいはソフト的
> に作ることを考えた際,制約を満たすための周辺回路,あるいは条件
> 分岐を構成することのコストが,制約条件の導入による効果と比べて
> 結構大きいのかな?と思えたからです.

この問題は先日の3番目のご質問(下記)に関連しています。

> 3)コピーとNOTで全て計算が書けるというのは,全ての論理式が
> NANDの組み合わせに分解できるというのと同じ部類の証明でしょうか?

「非線形性」と「否定」がコンピュータの能力の基本だというのは、
「NANDでコンピュータを作れる」というのと根源は同じですが、
それをうんと一般化して抽象化した定理です。

チューリング流の計算万能性理論ではなくて、同じく計算万能性を
考えていたエミール・ポストが最初に定式化しました。また
フォン・ノイマンが時間遅れ要素を導入するという現実的な問題を
考えています。

実は「フィードバック」を導入するには、「時間」概念がないと、
因果関係が崩れます。ですから、コンピュータの能力まで
論じるには、時間遅れを導入しなければなりません。

ところがフォン・ノイマンは「時間遅れのあるNANDでは、
理論上はうまくコンピュータを作れない」と思い、また作れる
ことを証明できませんでした。実際のコンピュータでは
「物理的な信号がナマる」という効果があるのですが、
理論的に厳密化して、ナマらない条件下では、ちゃんと
作れることを証明するのが意外に難しいのです。

そこで私の証明では、「時間遅れのあるNANDでも作れる」ことが
カギになりました。そして、ポストの提示した5条件を、関数に
対する数学的な見方の欠点を指摘することによって、2条件に
減らしました(ポストはもちろんフィードバックを導入していません。
また時間遅れを入れると、従来は6?8条件ありました)。

こうすると、非常に見通しがよくなって、「非線形」と「否定」という
抽象的な2条件が、コンピュータの能力の根源であることに
なりました。

ここまで来ると、「制約条件のコスト」の問題に、コンピュータ屋が
少し口出しできるようになるかと考えました。つまり「2値論理」を
超えた表現——つまり「物理的世界」の概念による表現に
移し変えることができたからです。

「非線形」や「ネガティブフィードバック」は、論理の世界でなく、
物理的な世界でも通じる表現です。ということは、

★「この世界(宇宙)の法則に、非線形性やネガティブフィードバックが
 もともと存在するから、コンピュータ(知能)を創ることが可能になる」

という見方です。すなわち、

★「この世界では、制約条件を導入するためのコストが(ほぼ)0で
 コンピュータ(知能)を創れる可能性がある」

という厚かましい拡大解釈の見方です(ご批判ください)。

2条件に減らすために導入した見方は、その後の「物質保存」の
見方でした。そしてそれを進めていくことよって、「非線形」
「ネガティブフィードバック」「物質保存」の3条件で、「生命=知能」
という理論上(のオモチャ)のモデルに達しました。

これ以外に必要なのは、この宇宙に「ゆらぎ」(確率)が存在する
ことくらいでしょうか。理論が粗いので、どなたかがだんだんと
精密化してくださらないといけませんが、素粒子同士がくっつき合って
いるうちに、いつかコンピュータがどこかでできてしまうという
考え方です(時計ができるのと同じくらい楽観的な見方ですが)。

カウフマンさんの『自己組織化と進化の論理』では、生命の
材料をプールに放り込んでかき混ぜたら、まるで生命が
生まれてしまうかのように読めてしまいますが、それほど極端で
なくても、「宇宙の物理的制約」が自己組織化を起こりやすくし、
生命と知能を生み出しやすくしたのではと考えています。

こんなふうに「論理の根源に物理法則あり」という見方を
一応「情報物理学」という学問の範疇でとらえています。
ただしごくごくホソボソとやっています。

> > カウフマン型のカオスの縁の性質が,
> 先の素子つくられたオートマトンでしか実現できない,
> あるいは,極めて少数の素子で構成できる,あるいはいわゆる「カオス
> の縁」状態へもってゆくのにパラメタ調整の必要が無いなどのメリット
> があると面白く,さらに「カオスの縁」を「起こすこと」の実社会への
> 応用例が示されると,もっと面白いと思います(現象をカオスの縁として
> 理解するというのではなく).

セルラーオートマトンは、理論で扱いにくい点では悪名高いですので、
たいていのことは証明するには複雑すぎる問題になります。
しかたがないというわけで、「工学的スキル」という工学屋の
能力の側を使って、実社会で使える応用(今もこの画面の裏側で
漢字認識実験中です)を進めています。抽象的きわまる理論が、
実用の可能性をもつと示そうする四苦八苦の路線です。

すでに発表済みの理論は、実は知能を実現する「町内の入口」まで
来ています。その先にはいくつか未発表の定理や仮説があって、
それは実用性と具体性を重視した理論です。ただ壮大な宇宙と
生命の理論(ホラ話レベルですが)に比べると、どうしても小粒に
なってしまいますので、ちょっとフラストレーションを起こしています。

〒606-8501
京都市左京区吉田本町
京都大学 情報学研究科
稲垣 耕作
E-mail: inagaki@***.***
URL: http://inagaki1.kuis.kyoto-u.ac.jp
TEL/FAX 075-753-5978

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